小説 -3-「逆転ブランディング」
2026年08月15日
コラム
前回-2-から続く・・・
第一章
品質がいいだけでは売れない?
交流会の日から数日後。
私は約束どおり、美咲さんの会社を訪ねた。
創業五十年。社員は三十人ほど。
工場の中は整理整頓され、機械も丁寧に手入れされている。
現場で働く社員の表情からも、この会社が真面目にものづくりに取り組んできたことが伝わってくる。
応接室へ案内されると、美咲さんがお茶を出しながら少し照れくさそうに笑った。
「先生、こんな会社です。」
私は部屋を見回しながら言った。
「ええ会社やないですか。」
「ありがとうございます。でも……。」
その「でも」に、この会社が抱える悩みが詰まっているように感じた。
「正直に言うと、売上はずっと右肩下がりなんです。」
「ふむ。」
「品質には自信があります。取引先からも『御社の商品は安心ですね』って言われます。でも、新しいお客様が増えません。」
私は静かにうなずいた。
「それで価格競争になってしまう?」
「そうなんです。」
「もっと安くならないか。」
「他社はもっと安い。」
「昔からのお客様まで値下げを求めてくるんです。」
「社員募集は?」
「求人を出しても応募はほとんどありません。」
「辞める人は?」
「少ないです。でも若い人が入ってこないので、このままだと十年後が心配です。」
私はしばらく黙って工場の方へ目を向けた。
美咲さんは不安そうな顔で私を見る。
「先生、何か問題がありますか?」
私は笑いながら首を振った。
「いや、問題というより……。」
少し間を置いて言った。
「もったいない。」
「え?」
「この会社、もっと評価されてもええ。」
美咲さんは驚いたような表情になった。
「本当にそう思われますか?」
「思うよ。」
私は工場で見た様子を思い返しながら続けた。
「現場はきれいやし、社員さんも挨拶してくれる。製品もしっかり作ってる。」
「ありがとうございます。」
「でもね。」
「はい。」
「その良さが、お客さんに伝わってへん。」
美咲さんは首をかしげた。
「伝わっていない……ですか?」
「そう。」
「品質はええ。でも、それがお客さんの頭の中にイメージとして残ってないんや。」
「イメージ……。」
「美咲さん、ちょっと質問してもええ?」
「はい。」
「コンビニでコーヒーを買うとき、どれを選びます?」
「えっ?」
突然の質問に美咲さんは笑った。
「先生、それがブランドと関係あるんですか?」
「大ありや。」
「うーん……私は何となく、このメーカーかな。」
「何で?」
「飲み慣れてるからですかね。」
「味を全部比べた?」
「いえ。」
「値段も全部確認した?」
「してません。」
「じゃあ何で選んだん?」
美咲さんは少し考えて答えた。
「何となくいつも飲んでて安心できるから……でしょうか。」
私はにっこり笑った。
「それや。」
「え?」
「人は品質を比べて買ってるようで、実は頭の中にあるイメージで選んでる。」
「イメージ……。」
「もっと言えば、『安心』『信頼』『好き』『自分に合っている』という感覚で選んでる。」
「確かに……。」
「だから品質がええだけでは選ばれない。」
「えっ?」
「品質は、良くて当たり前の時代なんや。」
その言葉に、美咲さんは少し驚いたような表情を浮かべた。
「でも先生、それって厳しいですね。」
「うん、厳しい。」
私はうなずいた。
「昔は品質を上げたら売れた。でも今は、日本中が品質を上げてきた。」
「そうですね。」
「だから『品質がいい』だけでは、お客さんにとって選ぶ理由になりにくい。」
美咲さんは小さくため息をついた。
「それじゃあ、どうしたら選んでもらえるんですか?」
―続く―
第一章
品質がいいだけでは売れない?
交流会の日から数日後。
私は約束どおり、美咲さんの会社を訪ねた。
創業五十年。社員は三十人ほど。
工場の中は整理整頓され、機械も丁寧に手入れされている。
現場で働く社員の表情からも、この会社が真面目にものづくりに取り組んできたことが伝わってくる。
応接室へ案内されると、美咲さんがお茶を出しながら少し照れくさそうに笑った。
「先生、こんな会社です。」
私は部屋を見回しながら言った。
「ええ会社やないですか。」
「ありがとうございます。でも……。」
その「でも」に、この会社が抱える悩みが詰まっているように感じた。
「正直に言うと、売上はずっと右肩下がりなんです。」
「ふむ。」
「品質には自信があります。取引先からも『御社の商品は安心ですね』って言われます。でも、新しいお客様が増えません。」
私は静かにうなずいた。
「それで価格競争になってしまう?」
「そうなんです。」
「もっと安くならないか。」
「他社はもっと安い。」
「昔からのお客様まで値下げを求めてくるんです。」
「社員募集は?」
「求人を出しても応募はほとんどありません。」
「辞める人は?」
「少ないです。でも若い人が入ってこないので、このままだと十年後が心配です。」
私はしばらく黙って工場の方へ目を向けた。
美咲さんは不安そうな顔で私を見る。
「先生、何か問題がありますか?」
私は笑いながら首を振った。
「いや、問題というより……。」
少し間を置いて言った。
「もったいない。」
「え?」
「この会社、もっと評価されてもええ。」
美咲さんは驚いたような表情になった。
「本当にそう思われますか?」
「思うよ。」
私は工場で見た様子を思い返しながら続けた。
「現場はきれいやし、社員さんも挨拶してくれる。製品もしっかり作ってる。」
「ありがとうございます。」
「でもね。」
「はい。」
「その良さが、お客さんに伝わってへん。」
美咲さんは首をかしげた。
「伝わっていない……ですか?」
「そう。」
「品質はええ。でも、それがお客さんの頭の中にイメージとして残ってないんや。」
「イメージ……。」
「美咲さん、ちょっと質問してもええ?」
「はい。」
「コンビニでコーヒーを買うとき、どれを選びます?」
「えっ?」
突然の質問に美咲さんは笑った。
「先生、それがブランドと関係あるんですか?」
「大ありや。」
「うーん……私は何となく、このメーカーかな。」
「何で?」
「飲み慣れてるからですかね。」
「味を全部比べた?」
「いえ。」
「値段も全部確認した?」
「してません。」
「じゃあ何で選んだん?」
美咲さんは少し考えて答えた。
「何となくいつも飲んでて安心できるから……でしょうか。」
私はにっこり笑った。
「それや。」
「え?」
「人は品質を比べて買ってるようで、実は頭の中にあるイメージで選んでる。」
「イメージ……。」
「もっと言えば、『安心』『信頼』『好き』『自分に合っている』という感覚で選んでる。」
「確かに……。」
「だから品質がええだけでは選ばれない。」
「えっ?」
「品質は、良くて当たり前の時代なんや。」
その言葉に、美咲さんは少し驚いたような表情を浮かべた。
「でも先生、それって厳しいですね。」
「うん、厳しい。」
私はうなずいた。
「昔は品質を上げたら売れた。でも今は、日本中が品質を上げてきた。」
「そうですね。」
「だから『品質がいい』だけでは、お客さんにとって選ぶ理由になりにくい。」
美咲さんは小さくため息をついた。
「それじゃあ、どうしたら選んでもらえるんですか?」
―続く―




