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小説 -❻-「近大マグロ仕掛人の逆転ブランディング」

2026年08月18日 コラム

現在、この一連の原稿を商業出版できればと考えております。出版社の方のお問合せをお待ちしております。
また、ご感想やダメ出しなども頂戴できれば幸いです。

近大マグロ仕掛人の「逆転ブランディング」
~悩める社長が「選ばれる理由」に気づくまで~(仮題)

「世界初の完全養殖を実現した近大マグロ。しかし、完全養殖に成功しただけでは市場には評価されなかった。そこから『商品を売る』発想を逆転させ、お客様の声を起点にブランドを構築していった実体験を、悩める中小企業二代目社長との対話形式で読み解く。」

帯コピー案:ブランドは大企業だけのものと思っているあなたへ。
「わからないことは、お客様に訊け。」近大マグロを生んだ現場発のブランディング術
中小企業・学校・地域でも使えるACTブランディングで活性化を!

目次
プロローグ         この二人の話を聞いてみたい
第一章            ブランドへの誤解を解こう
第二章 -完全養殖編-    近大マグロの成功・失敗物語
第二章 -ブランディング編- 近大マグロブランディング物語
第三章           ACTブランディングという方法
第四章-企業編-         企業で実践できる
第四章-学校編-         学校で実践できる
第四章-地域編-         地域で実践できる
第五章           未来に向けて

―前回から続く―
第二章  –完全養殖編-
「近大マグロ」完全養殖への道

「先生。」
美咲さんがノートを開いた。
「今日は、いよいよ近大マグロの話ですよね。」
「そうやね。」
「楽しみにしていました。」
「ただな、美咲さん。」
「はい。」
「今日は近大マグロの自慢話をするんやないで。」
「えっ?」
「むしろ、その逆や。」
「逆?」
「近大マグロがブランドになるまで、どれだけ失敗し、大変やったか。その話をしたい。」
美咲さんは少し身を乗り出した。
「そんなに大変だったんですか?」
「そらもう、途方に暮れるくらい。」
私は笑いながら答えた。
「なんせ、研究者たちが完全養殖に成功するまで三十二年かかってるからな。」
「三十二年……。」
「そうや。」
「そんなに長いんですか。」
「1970年に研究を始めて、世界初の完全養殖に成功したのが2002年6月やからね。」
「。……三十二年。」
美咲さんはノートに「32年」と大きく書いた。
「でも、どうしてそんなに長い年月が必要だったんですか?」
「それはね。」
私は少し遠くを見るようにして話し始めた。
「マグロいう魚が、そもそも養殖するのがめちゃくちゃ難しかったからやろうね。」

ヨコワを活きたまま?

1970年。
クロマグロの天然資源が減少し、将来的な絶滅が危惧されるようになっていた。
そこで水産庁は、近畿大学をはじめ全国のいくつかの研究機関や大学に研究を委託した。
「つまり、近大だけが最初から『マグロの完全養殖をやるぞ!』と始めたわけではなかったんですね。」
「そうやね。」
「他にも研究を始めたところがいくつかあった。」
「そう。」
ところが、研究は想像以上に難しかった。
三年後には、
「これはあまりにも難しい。」
そう判断され、補助金が打ち切られた。
「じゃあ、他の研究機関は?」
「研究を断念した。」
「じゃあ、近大も……。」
「普通なら、そうなるわな。」
私は笑った。
「でも、近大はやめなかった。」
「なぜですか?」
「研究を続けるためには金がかかる。」
「当然ですよね。」
「うん。でも近大の場合は、すでに開発に成功していた優良なマダイ稚魚の販売が軌道に乗りかけてて、その収益があったからマグロの研究をなんとか続けられたんや。」
美咲さんは驚いた。
「研究費を自分たちで生み出したんですか?」
「そういうことやね。」
「それって、今でいう事業収益を研究に回すようなものですね。」
「そうや。」
私はうなずいた。
「研究を続けるために、研究以外のところでも稼がなあかんかった。」
「なるほど……。」
「これも、後から考えたら大きかったと思うで。」
「どうしてですか?」
「研究には金がかかる。けど、金がないからといって、そこでやめたら終わりや。」
「はい。」
「大学本部にばかり頼るんじゃなく、自分たちでも続けるための方法を考える。」
「それも挑戦なんですね。」
「そうや。」
ところが、研究のスタート地点から、いきなり壁にぶつかった。
「まず、マグロの幼魚が手に入らへん。」
「幼魚って?」
「ヨコワや。」
「ヨコワ?」
「40~50cmくらいのクロマグロの幼魚やね。」
当時、研究者たちは地元の漁師に協力をお願いした。
すると、
「ヨコワを生きたまま捕まえろって?」
「そんなもん無理に決まってるやろ。」
「大学の先生らはそんなことも知らんのか!」
そんな厳しい言葉も返ってきたという。
「そりゃ、漁師さんからしたら、そうですよね。」
「そうやね。」
「普通なら釣り上げてから、手でつかんで針を外し舟の水槽に活けこむ。」
「ところが、マグロの幼魚はそれではすぐに死んでしまった。」
「なぜですか?」
「皮膚がものすごく弱いからや。」
マグロの幼魚は暴れるため、手でつかんだだけでも皮膚がただれたようになって、そこから壊死して死んでしまう。
「じゃあ、どうしたんですか?」
「釣り針を工夫した。」
「釣り針?」
「戻りのないスレ針を使って、できるだけ魚に触れないようにして、生きたまま舟の水槽に活けこむ。」
「なるほど。」
「今では当たり前に思えることでも、当時は一つひとつが試行錯誤やった。」
ようやく生きたヨコワを手に入れても、まだ終わりやなかった。
今度は、いけすに放した途端に問題が起きた。
「どうなったんですか?」
「6~8メートル四方のいけすに入れたら、マグロが網に激突して死んだ。」
「激突?」
「そう。」
「泳ぐ力が強すぎるんや。」
その結果、多くのマグロが死んでしまった。
「じゃあ、いけすを大きくしたら?」
「そう。10メートルに広げた。」
「それでも?」
「まだ問題があった。」
そこで今度は、いけすの形そのものを見直した。
四角形から円形へ。
やがて、少しずつ生き残る数が増えていった。
最終的には、直径約30メートル、深さ10~15メートルほどの大型いけすが中心になっていった。
美咲さんは、感心したように言った。
「最初から正解が分かっていたわけじゃないんですね。」
「当たり前や。」
「やってみる。」
「うまくいかない。」
「原因を考える。」
「またやってみる。」
私は指を折りながら話した。
「その繰り返しや。」
「それを三十二年間?」
「そういうこと。」
美咲さんは、しばらく黙った。
「……すごいですね。」
「いや。」
私は笑った。
「すごいというより、研究者[良大2] たちの執念やな。」

1979年、初めての「その瞬間」
研究開始から9年目。ついに大きな出来事が起きた。
「親魚になったマグロが、いけすの中で初めて産卵したんや。」
「えっ!」
美咲さんの目が輝いた。
「それって、完全養殖まであと一歩じゃないですか?」
「いや、むしろようやく完全養殖に向けて本格的な研究がスタートできるようになったというくらいかな。」
「でも、その卵を育てれば……。」
「その魚が親になって、さらに卵を産めば完全養殖やね。」
「じゃあ、いよいよじゃないですか!」
「ところがな。」
私は首を横に振った。
「ここからが本当の苦労の連続やった。」
「……。」
いけすから掬い取って採集された卵は陸上の水槽に移され、24時間前後でほぼ100%が孵化した。
「すごいじゃないですか。」
「ところが、孵化して一週間以内に、99.9%以上が死んだ。」
「えっ……。」
「たとえ生き残って稚魚に育っても、一カ月ほどでほぼ全滅。」
「そんなに……。」
「翌年も同じ。」
「その次の年も?」
「ほぼ同じ。」
「何年も?」
「そう。」
美咲さんは言葉を失った。
「何が原因だったんですか?」
「分からんことだらけや。」
「まず、与える餌が分からず餓死してしまう。」
「どんな環境がいいのかも分からない。」
「どう育てたら生き残るのか、それこそ試行錯誤の連続やった。」
私は少し笑った。
「だから、研究者たちは魚を徹底的に観察して考え、やってみるしかなかった。」
「それが、『わからないことは魚に訊け』につながるんですね。」
「そういうこと。」

餌が分からない
マグロの仔魚を育てるためには、まず餌を用意しなければならない。
ところが、それが簡単ではなかった。
「マダイと同じものをあげればいいんじゃないんですか?」
「そう思うやろ。」
「はい。」
「ところが、見向きもせん。」
「えっ?」
「食べてくれへん。」
「じゃあ何を食べるんですか?」
研究者たちは何度も何度もトライ&エラーを繰り返した。
ある時、イシダイの孵化仔魚に興味を示すことが分かった。
しかし、今度はその餌となる孵化仔魚を安定して調達するのが難しい。
そこで、マダイの孵化仔魚を使ってみる。
「魚を育てるために、別の魚を育てる必要があったんですね。」
「そうやね。」
「大変……。」
「まだある。」
「まだあるんですか?」
「孵化して20日くらいまで成長してくると、今度は共喰いが始まる。」
「共喰い?」
「小さなマグロの稚魚同士が食べ合ってしまう。」
「へえ……。」
「そこで同じ水槽に入れる密度を薄くしたり、常に腹一杯の状態になるよう餌を頻繁に与えたりして、少しずつ改善していった。」
美咲さんはため息をついた。
「一つ解決したら、また次の問題が出てくる。」
「研究いうのは、そんなもんなんやね。」

20~30cmくらいの幼魚期になると、さらに別の問題が待っていた。
成長するにつれて速く泳ぐ力がついてくる。
すると今度は、光や音に敏感に反応して、水槽やいけすの網に激突して死んでしまう。
「また激突ですか?」
「なかには首の骨が折れたり、顎が外れて死んでしまうようなケースも多くある。」
「マグロって、そんなに繊細なんですね。」
「うん、見た目は豪快やけど意外と神経質なんやね。」
研究者たちはさまざまな工夫を重ね、少しずつ生残率を高めていった。
さらに、大雨や台風などの自然災害によって、親魚や販売を控えた成魚がほぼ全滅するようなこともあった。
「そこまでやっても、やめなかったんですね。」
「やめられへんかったんやと思う。」
「……。」
「ここまで来たんやから、何とかしたい。」
私はそう言って、美咲さんの顔を見た。
「挑戦って、聞こえはええけどそんなに格好ええもんやない。」
「え?」
「失敗の連続や。」
「うまくいかんことの方が多い。」
「でも、そこでやめへんかったから、最後に道が開いた。」

―続くー