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小説 -7-「近大マグロ仕掛人の逆転ブランディング」

2026年08月19日 コラム

―前回から続くー

マグロの研究開始から32年。
2002年6月。
ついに、その瞬間がやってきた。
「世界で初めて、クロマグロの完全養殖に成功した。」
「……。」
美咲さんはしばらく何も言わなかった。
「すごいですね。」
やがて、それだけを口にした。
「うん。」
私も短く答えた。
「これは社会的にも学術的にも、大きな意義があった。」
天然資源の減少が問題となるなか、クロマグロを人工的に孵化させ、その魚を親まで育て、さらに産卵させ、その卵から再び育てる。
天然に頼らない持続可能な完全養殖という長年の夢を、世界で初めて実現した。
近畿大学水産研究所には、一気に注目が集まった。
新聞、テレビなど、多くのメディアが取り上げてくれた。
「これでブランドになったんですよね?」
美咲さんが尋ねた。
私は首を横に振った。
「いや。」
「え?」
「まだや。」
「……まだ?」
「学術的な価値としては認められた。しかし・・・」
「しかし?」
「結論から言うと、市場での価値がともなっていなかった、というより、これからやった。」
「どういうことですか?」
私は美咲さんの目を見て言った。
「『世界初の完全養殖』と、『売れるブランド』は別物やったんや。」
美咲さんは黙って私を見つめた。
「世の中ではまだ、『養殖モノ』に対する偏見が強く、特に魚のプロと言える卸売市場や小売業者たちの間には、簡単に破れない常識というようなものがあった。」
「養殖だから天然より価値が低い、と?」
「そういう見方が残っていた。」
「でも、世界初のマグロなんですよ?」
「そうや。」
「すごい技術なのに。」
「そう。」
「なのに、売るときには……。」
「普通の養殖マグロとしか評価されなかった。」
美咲さんは驚いた。
「そんなことがあったんですか。」
私はうなずいた。
「ここからが、本当のブランドづくりの始まりや。」

美咲の今日の気付き
私は、「近大マグロ」という名前を聞くと、最初から華々しい成功を収めたブランドだと思っていました。
でも、実際はまったく違いました。
生きたヨコワを捕まえることから始まり、いけすへの激突、餌の問題、共喰い、光や音への反応、自然災害……。
一つ解決すると、また次の問題が出てくる。
それを三十二年間も繰り返して、ようやく完全養殖を達成した。
しかし、世界初を達成しても、それだけではブランドにならなかった。
今日、一番心に残ったのは、
「世界初の技術と、売れるブランドは別物や。」
という先生の言葉です。
技術があれば売れる。
品質が良ければ選ばれる。
私はずっと、そう思っていました。
でも、それだけでは足りない。
「どうやって価値を伝えるのか。」
「どうやってお客様に理解してもらうのか。」
そこまで考えて、初めてブランドになる。
どうやら、ここからが本当のブランディングの話らしい。

次はいよいよ、先生自身が近大マグロのブランドづくりに関わることになった経緯を聞いてみたいと思います。
―続くー