小説 -8-「近大マグロ仕掛人の逆転ブランディング」
いよいよ今回から、全国の経営者のみなさんに聞いていただきたいブランディングの話に入っていきますので、これからも引き続きお読みいただければ嬉しいです。
―前回から続く―
第二章 ブランディング編
「近大マグロ」ブランディングへの道
―「世界初」なのに、なぜ売れなかったのかー
「先生。」
美咲さんが、前のめりになった。
「ここからが本当のブランディングの話なんですよね?」
「そう。」
「世界で初めて完全養殖に成功した。」
「うん。」
「でも、思うような高値では売れなかったんですよね?」
私は少し黙ってから答えた。
「……そうやね。」
「世界初なのに。」
「そう。」
「三十二年もかけたのに?」
「そうや。」
「それなのになんで?」
「普通の養殖マグロと同じような評価やった。」
「……。」
美咲さんは、しばらく言葉が出なかった。
「先生、その理由が知りたいです。」
「2002年6月、近大は世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功したよね。」
「はい。」
「当然、みんな期待した。」
「『これだけ注目されたマグロなら、きっと高い値段で売れるやろ』と。」
「そら、そうでしょう。」
「ところが、実際に出荷してみたら、市場から返ってきた答えは……。」
私は少し間を置いた。
「『単なる養殖マグロ』だった」
「ええっ!」
美咲さんが思わず声を上げた。
「そんな……。」
「ほんまや。」
「でも、世界初ですよ?」
「研究者にとってはね。」
「市場にとっては?」
「なんの変哲もない養殖マグロ。」
美咲さんは、しばらく黙って考えていた。
「つまり……。」
「技術の価値と、市場が感じる価値は違ったということですか?」
「そういうこと。」
美味しければ売れる?
話は少しさかのぼるが・・・、
完全養殖で生まれたマグロは、その後順調に成長を続けたものの、出荷できる大きさになるまでには時間がかかる。
そして孵化してから約2年3カ月。
ようやく30キロ前後の大きさまで育った。
その間、研究所の赤字は続き、収支改善が求められる研究所では1日も早い出荷が待たれていた。
「2年3カ月ですか……。」
「そう。」
「それだけ育てたら、研究者のみなさんも『もう少し大きくしてから出したい』となるんじゃないんですか。」
「うん、まさにそうやった。」
しかし研究者たちは、出荷には慎重だった。
「まだ早い。」
「もう少し大きくした方がキロ単価も上がる。」
そんな声もあった。
しかし、研究を続けるには費用がかかる。
「赤字も何とかせなあかん。」
そう説得して、ようやく初出荷にこぎつけた。
「世界でオンリーワンなんやから絶対、高値で売れるはずや!」
私をはじめ、誰もがそう期待していた。
ところが、結果は期待とは違った。
「普通の養殖マグロですやん。」
結局、期待して出荷した市場からは、そんな評価しか返ってこなかった。
「……ショックですね。」
「そらショックやった。」
「三十二年ですよ?」
「そう。」
「世界初ですよ?」
「そうや。」
「それなのに……。」
「市場からしたら、『ほかの養殖マグロと同じ』やったんや。」
私は笑いながら言った。
「ここでな、美咲さん。」
「はい。」
「大企業にありがちなことが起こった。」
「大企業に?」
「『市場がそう言うんなら、仕方ないな』って。」
「『何とかしないと』という緊迫感が欠けていた。」
「……。」
「そんな空気になってしもうた。」
「それで?」
「しばらく、そのままやった。」
「えっ?」
「そしてまた、ズルズルと何年かが過ぎてしまった。」
「何も対策しなかったんですか?」
「そやね。積極的には動けてなかった。」
美咲さんがため息をついた。
「もったいない……。」
「そう、今振り返ると大きな反省点やね。」
「世界初なのに。」
「そうやな。」
「でも、先生。」
「何や?」
「どうしてそこから変われたんですか?」
私は少し笑った。
「ある日な、大学本部の理事長から呼び出しが来たんや 。」
「そこで思いっきり叱られた。」
「『研究所は素晴らしい研究成果を出してるのに、いまだに赤字とはどういうことだ。努力が足りないんじゃないか。このままだと閉鎖もありうるぞ!』と。」
「それが『近大マグロブランド』が生まれるターニングポイントとなった。」
―続く―




