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小説 -11-「近大マグロ仕掛人の逆転ブランディング」

2026年08月23日 コラム

―前回から続く―

ところが、もう一つ問題があった。
「『卒業証書が付いたマグロ』を宣伝するお金がない。」
「えっ?」
「大企業みたいにテレビCMを打つ予算なんかない。」
「じゃあ、どうしたんですか?」

「大学本部に協力してもらって、プレスリリースを出した。」
「メディアに投げかけるやつですよね。たったそれだけですか?」
「まずは、それだけや。」
すると、期待以上のことが大きなうねりとなって起こった。

某テレビ局が販売風景を取材し、夕方のニューストピックスとして放映してくれた。そして、これをきっかけに次々と取材が入ったのだ。
新聞。
テレビ。
雑誌・・・。
さまざまなメディアから一気に問い合わせが殺到するようになった。
「そんなに?」
「うん、びっくりするほど急に知名度が上がっていった。」
「広告費をほとんど使わずに?」
「そう、全く。」

美咲さんはしばらく考えていた。
「先生。」
「ん?」
「これって、広告というより……。」
「話題性やな。」
「お金やなかった。社会が注目するようなインパクトのある話題を提供したんや。」
「ですよね。」

「でもね、ただ奇抜なことをしたわけやないで。」
「もともと『世界初の完全養殖』という本当の価値があった。」
「そこに『大卒マグロ』『卒業証書』という物語を重ねた。」
「だから伝わったんですね。」
「そう。」

そして、これを機に全国から、
「近大マグロを食べてみたい。」
「どこに行けば買えるの。」
といった声が聞かれるようになっていった。
ここで、私は大きな変化に気が付いた。
ブランドが「川下」から逆流し始めたのだ。

「先生。」
「当初、流通の川上にいる魚のプロの人たちは『単なる養殖マグロ』って見てたんですよね?」
「そうやね。」
「じゃあ、どうやってそのイメージが変わったんですか?」
「消費者の声やった。」
「消費者?」
「メディアで近大マグロのことを知った消費者が、『食べてみたい』と言い始めた。」
「なるほど。」
「すると、その声が小売りに届く。」
「小売りから仲卸へ。」
「仲卸から荷受へ。」
「そして、さらに川上へ。」
美咲さんは目を輝かせた。

「普通は、商品の評価って流通の流れと同じように川上から川下へ流れますよね。」
「そう。」
「でも近大マグロの場合は、川下から川上へ登っていったんですね。」
「その通り、鯉の滝登りならぬマグロの滝登りや。(笑)」
「ほんとですね!(笑)」
「これは画期的なことやった。」
私はホワイトボードで次のように説明した。

ブランド評価の流れ
一般:   生産者 → 卸売 → 小売 → 消費者
その下にはこう逆向きに流れる矢印を書いた。
近大マグロ:消費者 → 小売 → 卸売 → 生産者

「ここが近大マグロの面白いところや。」
「消費者の『食べてみたい』が、川上の人たちの認識まで変えていった。」
「そう。」
「つまり……。」
美咲さんは考えながら言った。
「『養殖だから価値が低い』という壁を、消費者側から少しずつ壊していったんですね。」
私は美咲さんの顔を見て微笑みながらうなずいた。

「そうやね。」
「ブランドって、会社が一方的に作るものじゃないんですね。」
「そう、お客様の共感が広がって、初めて大きくなる。」
「……。」
「それが、近大マグロで私が学んだ大きなことの一つやったな。」

- 続く-