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-1- 近大マグロ仕掛人のブランド再成塾/私立大学編

2026年10月01日 コラム

シリーズ・近大マグロ仕掛人のブランド再生塾

これまでは「近大マグロ仕掛人の逆転ブランディング」という演題で、某金属会社のブランド戦略コンサルティングについての経緯を連載してきましたが、今回からは新シリーズ/近大マグロ仕掛人のブランド再成塾として地方の大学や老舗旅館、工務店、農産物加工会社など様々な業種について連載していく予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします。

筆者プロフィール
大久保良雄(おおくぼ・よしお)
株式会社Oak-Jソリューションズ代表取締役。元近畿大学水産研究所事務長。三重大学農学部卒業後、JA三重を経て近畿大学へ。企画・プロデュースに携わり、「近大マグロ」のブランド化を推進した。現在は、その経験を生かし、中小企業・学校・地域を対象に、現場力を重視した「ACTブランディング」を提唱。講演・研修などで実践的なブランドづくりを伝えている。


少子化時代の大学編

第1章 「今年も、定員割れです」
―定員割れ状態に悩む理事長からの一本の電話―


「実は、うちの大学……このままでは、あかんと思うんですわ」

電話の向こうから聞こえてきたのは、少し低い、疲れた声だった。
私は黙って、その言葉の続きを待った。

「今年も、学生募集がなかなか思うようにいきませんでした」
「そうですか……」
「ええ。定員をかなり下回りました」

その瞬間、私は思った。
また、この問題か。
少子化。
18歳人口の減少。
大学間競争。
そして、学生募集戦略。

私立大学を取り巻く環境は、以前とは大きく変わっている。
かつては、大学をつくれば学生が集まった時代もあった。

ところが、今は違う。
高校生の数そのものが減っている。

その限られた学生を、これまでずっと増え続けてきた多くの大学で取り合う。
大学には、それぞれ歴史がある。
教育実績もある。
熱心な教職員もいる。
立派な施設もある。
卒業生もいる。
地域とのつながりもある。

それでも、学生が集まらない。
なぜなのか。

電話の主は、地方にある私立大学の理事長だった。
大学の創立は五十年以上。
地域では、それなりに知られた大学である。
卒業生も多い。
これまで何千人、何万人という学生を社会に送り出してきた。

ところが、ここ10年近く、入学者数が減少している。
学部の再編もした。
新しい学科もつくった。
ホームページもリニューアルした。
オープンキャンパスも増やした。
高校訪問も頑張っている。
それでも、学生が集まらない。

理事長は言った。
「いろんなことをやっているんですけどねえ。でも、結果が出ないんです」

私は聞いた。
「理事長、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ええ」

「高校生から『なぜ、この大学を選んでほしいんですか?』と聞かれたら、何と答えます?」
電話の向こうが静かになった。

しばらくして、
「……そうですね」
と理事長が答えた。

「教育環境が整っている」
私は黙っていた。
「資格取得にも力を入れている」
また、少し間があった。
「就職にも強い」
「なるほど」
「それから……教職員との距離が近いことですかね」

私は一つずつ聞いた。
「それは、他の大学ではできないことですか?」
「ん?……いや」
「資格取得はどうですか?」
「う~ん、他大学でもやっていますねえ」

「就職も?」
「そうですね」

「先生との距離が近い大学も、ありますよね」
「……ええ」

理事長の声が少し小さくなった。

私は責めるつもりなどなかった。
むしろ、これは珍しいことではない。
多くの大学が、同じようなことを言っている。

「資格に強い」
「就職に強い」
「少人数教育」
「実学教育」
「充実した設備」
「きめ細かな指導」
どれも大切なことだ。

でも、
「大切なこと」と「選ばれる理由」は、必ずしも同じではない。
私は、そう考えている。

「先生、一度、大学に来て見てもらえませんか?」
理事長から、そう言われた。

私は、元々少子化時代の大学経営戦略のありかたに強い関心を持っていたので、
「もちろんです」
と答えた。

数日後、早速私はその大学を訪ねた。
大学は、地方都市の中心部から少し離れた場所にあった。

広いキャンパス。
緑の多い構内。
校舎も決して古びてはいない。
むしろ、きちんと整備されている。

正門を入ると、学生が歩いていた。
何人かは楽しそうに話している。
ベンチに座ってスマートフォンを見ている学生もいる。
講義を終えた学生が、友達と笑いながら校舎から出てくる。
私はその様子を眺めた。

「理事長」
「はい」
「学生、楽しそうですね」
「え?」
理事長が少し驚いて言った。

「そうですか?」
「ええ、そんな風に見えますよ」
「……そう言ってもらえると嬉しいですね」
理事長は少し笑った。

でも、その笑顔は長く続かなかった。
「ただ、学生募集になると……」
「はあ」
「高校生に、この大学の良さを説明しようとすると、どうしても他大学と似た話になってしまうんですよねえ」

私は黙って頷いた。
これが、今回の問題の核心なのかもしれない。

大学には何もないわけではない。
むしろ、たくさんある。

問題は、
「ある」のに、「見えていない」こと。
そして、
「見えている」のに、「伝わっていない」こと。

さらに言えば、
大学側が考える「大学の魅力」と、高校生や保護者が感じる「この大学を選ぶ理由」が違っている可能性がある。

私は理事長に聞いた。
「学生募集の会議では、どんな話をされるんですか?」

「そうですね。まあ学生募集に関することが主な議題ですかね」
「学生募集?」
「ええ。今年は何人集めるか。どの高校を重点的に訪問するか。オープンキャンパスに何人来てもらうか。資料請求を何件にするか。試験日程や会場をどのようにするか……などですかね」

「なるほど」
「もちろん、それは大事なんだけど」
理事長は少し困ったように笑った。

「いつも数字の話ばかりになってしまうんですよ」
私はその言葉を聞いて、少し考えた。
数字は大事だ。
経営を考えれば、当然である。

学生が集まらなければ、大学経営は成り立たない。
教職員の雇用もある。
教育環境を維持する必要もある。
施設の維持費もかかる。
だから、「学生を集める」ということ自体は間違っていない。

でも、
「学生を集めること」と「学生から選ばれる大学をつくること」は、決して同じではない。
ここを混同すると、募集活動が「お願い営業」になってしまう。

「ぜひオープンキャンパスに来てください」
「ぜひ出願してください」
「こんな資格が取れます」
「就職率は○○%です」
それを繰り返しているうちに、
「では、あなたの大学でなければならない理由は何ですか?」
という、一番大事な問いが置き去りになる。

私は理事長に言った。
「理事長、学生募集の前に、一つやってみませんか?」
「何を?」
「この大学が、なぜ存在しているのかを考えてみましょう」

理事長は黙った。
「建学の精神とか、大学の理念とか、そういう話ですか?」
「それも大事です。でも、今日は少し違います」
「違う?」

「この大学が、この地域に五十年以上存在してきた意味です」
理事長は私を見た。

私は続けた。
「五十年ですよ」
「はい」
「五十年間、この大学がなくならずに続いてきたということは、学生や地域の人たちに何か必要とされてきたということですよね」
「……そうですね」
「その『何か』を、探してみませんか?」

~続く~