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-3- 近大マグロ仕掛人のブランド再生塾/私立大学編

2026年10月03日 コラム


~前回から続く~

第二章

【なぜ、この大学を選んだの?】

「この大学だから学びたい」と言われる大学へ。
変わる可能性は、まだ残されている。
私は、そう確信している。

次回の訪問では、いよいよ学生への聞き取りを開始する。
「なぜ、この大学を選んだのか?」
果たして学生たちの反応は……。

翌週。
私は、理事長室に呼ばれていた。
部屋に入ると、理事長が一人、窓の外を眺めていた。

前回の話から、まだそれほど時間は経っていない。
理事長は、私の顔を見るなり言った。
「先生……」
「はい」
「本当に、学生に聞くんですか?」

「もちろんですよ」
「大学のことを?」
「はい。『なぜ、この大学を選んだのか』を聞きます」

理事長は、少し考えてから照れ隠しをするように笑った。
「なんだか、怖いなあ」
「何がです?」
「何を言われるかわからないじゃないですか」
「だから、聞くんですよ」

理事長は苦笑した。
「大学の広報担当に聞いたら、いろいろ出てくるんだけどね」
「どんなことです?」
「教育内容が充実している。先生との距離が近い。就職に強い。資格取得のサポートがある。設備が充実している。面倒見がいい……」
「なるほど」
「でも、それを学生が本当に理由にしているのかどうかは、正直わかりませんがね」

「そこなんです」
私は理事長の言葉を受けた。
「そこを確かめたいんですよ」

どの大学にも言えることなんですが、大学は自分たちのことを説明するのが得意です。
ホームページを見る。
パンフレットを見る。
オープンキャンパスの案内を見る。
すると、どこの大学も似たような言葉が並んでいます。

「充実した教育」
「きめ細かな指導」
「豊かなキャンパスライフ」
「高い就職実績」
「資格取得をサポート」
もちろん、どれも大切です。

問題は、
「それは、本当に学生が大学を選ぶ理由になっているのか?」
ということです。

私は理事長に言った。
「大学の強みは、大学が決めるものではありません」
「では、誰が決めるんですか?」
「学生です」
理事長は黙って私を見た。
「もう少し正確に言うと、学生や保護者、卒業生、地域の人たちなど、大学と関わっている人たちが『この大学には、こういう価値がある』と感じたところです」
「大学が自分で『ここが強みです』と言ってもダメなんですかね」
「ダメというより、それだけでは足りないんです」

私は続けた。
「ブランドというのは、大学が作って学生に渡すものではありません。大学がやってきたことと、学生が感じた価値が重なったところに生まれるんです」
「う~ん、なるほど……」
「だから、まず学生に聞いてみましょう」

【最初の学生】
聞き取りの日。
大学の一室に、五人の学生に集まってもらった。
学年も学部も違う学生たちだ。

最初は、みんな少し緊張していた。
私は学生たちに自己紹介をしてから、こう切り出した。
「今日は大学の評価をしてもらうために集まってもらったわけではありません」
学生たちが顔を見合わせる。

「大学の良いところを無理に探してほしいわけでもありません」
私は笑った。
「一つだけ聞きたいことがあります」
そして、ホワイトボードに書いた。
『なぜ、この大学を選んだの?』
「これだけです」

学生の一人が笑った。
「え、それだけですか?」
「はい」
「大学の良いところをいっぱい言えばいいんですか?」
「いえ。そういう訳じゃありません」

私は首を振った。
「ただ単純に、あなたがこの大学を選んだ理由を教えてもらえばいいんです」
最初の学生は、少し考えてから答えた。
「家から近かったからです」
「なるほど」
二人目。
「親に勧められたからです」
三人目。
「高校の先生に勧められました」
四人目。
「オープンキャンパスに参加してみたら、雰囲気が良かったからです」
そして五人目。
「……正直に言っていいですか?」
「もちろん」
「第一志望じゃなかったんです」

部屋の空気が少し変わった。
理事長の顔を見ると、少し複雑そうな表情をしている。
私はあえて何も言わなかった。
学生は続けた。
「でも、入ってみたら思っていたより良かったです」
「何が良かったの?」
「先生です」
「先生?」
「はい。高校のときって、先生に質問するのも少し緊張するじゃないですか。でも、ここは先生に普通に相談できるんです」

私はそこですぐに結論を出さなかった。
「ほかには?」
「先輩も優しいです」
「へえ」
「授業でわからないことがあったときも、友達に聞けるし、先生にも聞ける。なんか……一人にならない感じがあります」

私は、その言葉をメモした。
一人にならない感じ。
これは、大学案内のどこに書いてあるだろう。

【面倒見がいいことの正体】
聞き取りを続けた。

学生たちから出てきた言葉は、意外なものが多かった。
「先生に相談しやすい」
「困ったときに誰かが声をかけてくれる」
「先輩との距離が近い」
「知っている先輩がいる」
「授業を休んだら先生が気にしてくれる」
「就職の相談を何回でも聞いてくれる」
「先生が名前を覚えてくれている」

私は、一つの言葉に注目した。
「さっきから、何人かが『先生との距離が近い』と言っているけど、それって具体的にはどういうこと?」
学生の一人が答えた。
「先生に質問しやすいってことです」
別の学生が続けた。
「質問したら、ちゃんと時間を取ってくれる」
さらに別の学生。
「授業のことだけじゃなくて、進路のこととか、生活のこととかも相談できます」

私は聞いた。
「それって、ほかの大学ではないの?」
「あると思います」
「じゃあ、なぜこの大学では、それが印象に残っているの?」
学生は少し考えた。
「……先生が、本当に話を聞いてくれるからじゃないですかね」

私はその言葉を聞いて、理事長のほうを見た。
理事長も、じっと学生の話を聞いている。

ここで私は、あえて質問を変えた。
「もし、この大学のパンフレットに一言だけ書くとしたら、何を書いてほしい?」

学生たちは困った顔をした。
しばらく沈黙が続いた。
そして、一人が言った。
「『ちゃんと話を聞いてくれる大学』とか?」
私はペンを止めた。
これは面白い。

【大学が言っていたことと、学生が感じていたこと】
聞き取りが終わって、理事長と二人になった。

理事長は腕を組みながら言った。
「先生……」
「はい」
「うちの大学、そんなことを強みにしていましたっけねえ?」
「していませんね」
「ですよね」
理事長は苦笑した。

「パンフレットには、教育内容や資格取得、就職実績のことばかり書いています」
「それが悪いわけではありません」
「でも、学生が感じている価値とは、少し違う」
「そういうことですね」

私はホワイトボードに二つの言葉を書いた。
大学が伝えたいこと
学生が感じていること
そして、その二つの間に線を引いた。
「ここを埋めるんです」
理事長がホワイトボードを見る。
「大学は、自分たちのことを一生懸命説明しています。でも、学生が選ぶ理由は、必ずしも大学が説明していることと同じではありません」
「……なるほど」
「むしろ、大学が当たり前だと思っていることの中に、強みが隠れていることがあります」

理事長は少し黙っていた。
そして、
「先生」
「はい」
「実はね、私も思い当たることがあるんですよ」
「何ですか?」
「以前、卒業生から言われたことがありましてね」
「どんなことを?」

理事長は少し笑った。
「『この大学は、卒業してからも先生に相談できる』と」
「それは大きいですね」
「でも、私はそのとき、『まあ、うちの大学なら普通だろう』と思ってしまったんです」
「そこなんです」
私は理事長を見た。
「大学の中にいる人にとっては『普通』でも、外から見れば『特別』ということがありますからね」

【強みは、足元に落ちている】
私は、これまでいろいろな企業を見てきました。
売上が右肩下がりに下降している会社。
社員を募集しても応募者の無い会社。
昔から続いているけれど、何を強みにしたらいいかわからない会社。

そういう会社の経営者に、
「御社の強みは何ですか?」
と聞くと、
「うちは、そんな大したものはありませんよ」
と答える人が多い。

ところが、社員やお客さんに聞いてみる。
すると、
「この会社は相談しやすい」
「社長が話を聞いてくれる」
「困ったときに助けてくれる」
「納期を守ってくれる」
「ちょっとした無理を聞いてくれる」
そんな言葉が出てくる。

本人たちは、それを「強み」だと思っていない。
なぜなら、
自分たちにとっては当たり前だからです。
大学も同じです。
「先生と学生の距離が近い」
「学生一人ひとりを見ている」
「卒業後も相談に乗る」
それを大学側が「特別なこと」だと思っていなかったとしても、学生にとっては大きな価値かもしれない。

私は、理事長に言った。
「だから、もう少し聞いてみましょう」
「学生に?」
「ええ。もっと具体的に」

【誰に勧めたい?】
二回目の聞き取りでは、質問を少し変えた。

私は学生たちにこう聞いた。
「もし、あなたの友達が大学選びで悩んでいたら、この大学を勧めますか?」
ほとんどの学生が、
「はい」
と答えた。

そこで、もう一つ聞いた。
「では、何と言って勧めますか?」
これが面白かった。
「先生が優しいから」
「先生に相談しやすいから」
「雰囲気がいいから」
「友達ができやすいから」
「ちゃんと面倒を見てもらえるから」
「放っておかれないから」

私は最後の言葉を聞いて、少し考えた。
「放っておかれない」
これは、かなり重要な言葉かもしれない。

「放っておかれないって、どういうこと?」
学生は答えた。
「授業を休んだら、先生が気づいてくれる」
「元気がなかったら、声をかけてくれる」
「就職活動で悩んでいたら、先生が相談に乗ってくれる」

「困っていたら、誰かが気づいてくれる」
私は聞いた。
「それって、安心する?」
学生は即答した。
「します」

別の学生も言った。
「大学に行けば、誰かがいるって思えるので」
私は、そこに一つの価値を感じた。

【安心という言葉】
私は、理事長に言った。
「この大学のキーワードは、『安心』かもしれません」
「安心……ですか?」
「はい」

理事長は少し驚いた顔をした。
「うちの大学が『安心』を売りにしたことなんて、一度もないですよ」
「だから面白いんです」

ブランドづくりでは、最初からキャッチコピーを考える必要なんてない。
むしろ、先にやるべきことがある。
そしてそれは、事実を集めることだ。
誰が。
何を。
どう感じているのか。
なぜ選んだのか。
なぜ人に勧めるのか。
その言葉の中に、ブランドの種は隠れている。

私は理事長に説明した。
「まだ『安心』と決めつける必要はありません」
「そうですか」
「これから、もっといろんな人に聞いていきます」
「学生だけじゃない?」
「そうです。保護者にも、卒業生にも、教職員にも聞きましょう」
「そこまでやりますか?」
「やります」
私は笑った。
「だって、大学のブランドをつくるんですよ」

【意外な答えが】
その後、学生への聞き取りを続けた。
すると、ある学生から意外な答えが出てきた。

「私は、この大学の○○という授業が面白かったからです」
「なるほど」
「高校のときに、その授業を担当している先生の話を聞いて、それで興味を持ちました」
「じゃあ、授業が決め手だった?」
「はい」
別の学生は、
「資格が取れるから」
と答えた。
さらに別の学生は、
「就職率を見て」
と答えた。
最初の学生たちとは違う。

私は、これを「話がバラバラだ」とは考えなかった。
むしろ逆だ。
ブランドは、一つの理由だけでできるものではない。
人によって入口は違う。
家から近い。
教員がいい。
授業が面白い。
資格が取れる。
就職に強い。
雰囲気がいい。
友達がいる。
親に勧められた。
高校の先生に勧められた。
いろいろある。

でも、その中に何度も繰り返し出てくる言葉がある。
そこに注目する。
私は学生たちの言葉を一つずつ整理した。
そして、ホワイトボードに書いた。

教職員に相談しやすい
困ったときに助けてもらえる
学生を放っておかない
先輩との距離が近い
人とのつながりがある
安心して大学生活を送れる
授業や資格など、専門的な学びがある
就職についても相談できる
理事長が、それを見て言った。

「なんだか、うちの大学のイメージが変わってきましたな」
「大学そのものが変わったわけではありませんよ」
「ん?」
「見方が変わったんです」

【強みをつくるのではなく、気づく】
ここは、非常に大事なところです。
私は、ブランドづくりを、
「新しい強みをつくること」
だとは考えていません。

もちろん、新しい取り組みが必要な場合もあるでしょう。
でも、最初から何か特別なものを作ろうとする必要はない。

まずは、
「すでに持っている価値に気づく」
ことです。

近大マグロのブランドづくりでも、最初から「近大マグロ」というブランドを作ろうとしたわけではありません。
長年続けてきた研究。
完全養殖への挑戦。
失敗しても続ける研究者たち。
大学として研究を支え続けたこと。
そして、その魚を食べた人たちが感じたこと。
そこに価値がありました。

ブランドは、突然空から降ってくるものではない。
すでにあるものの中から、選ばれる理由を見つける。
その理由を、わかりやすく伝えていく。
それがブランドづくりの出発点です。

【理事長の表情が変わった】
聞き取りを始めてから、理事長の表情が少しずつ変わっていった。

最初は、
「学生がどう思っているか怖い」
と言っていた理事長。
ところが今は違う。
学生の言葉を聞くたびに、
「そんなふうに見てくれていたんだ」
「そこを評価してくれていたのか」
と、少し嬉しそうに話すようになった。

ある日、理事長が私に言った。
「先生」
「はい」
「我々は、学生募集がうまくいかないから、何か新しいことをしなければいけないと思ってましたわ」
「そうですね」

「新しい学部を作るとか、新しい施設を作るとか、新しい広告を出すとか……」
「よくある話ですね」
「でも、違うのかもしれないねえ」
「何がです?」
「まず、自分たちがすでに持っているものを、ちゃんと見たほうがいい」

私は大きく頷いた。
「その通りです」
理事長は、しばらくホワイトボードを眺めていた。
そして、小さな声で言った。
「うちの大学にも、まだ伝えていない価値があるのかもしれないね」
「ええ、きっとありますよ」
私は答えた。

「ただし、私が決めることではありません」
「では?」
「学生や保護者、卒業生、地域の人たちに聞きながら見つけていきましょう」

【次に聞くべき相手とは】
私は、ホワイトボードに新しく四つの言葉を書いた。
学生
保護者
卒業生
教職員
「次は、この四者の声を重ねてみましょう」

理事長が聞いた。
「えっ、それはどうして?」
「一つの立場から見ただけでは、大学の価値の全体像が見えないからです」

学生が感じる価値。
保護者が感じる価値。
卒業生が感じる価値。
教職員が感じる価値。
それぞれ違うかもしれない。

でも、もし四者の言葉の中に共通するものがあったら。
それは、その大学が長年かけて培ってきた「らしさ」なのかもしれない。

私は理事長に言った。
「大学のブランドをつくる前に、大学の『らしさ』を見つけましょう」
「らしさ…ねえ」
「はい」
「それが、ブランドになるの?」
「ええ、可能性はあります」

【そして、次の質問は】
最後に、私は学生たちにもう一つ質問した。

「もし、この大学がなくなったら、あなたは何が一番残念ですか?」
学生たちは、すぐには答えなかった。
少し長い沈黙があった。
そして、一人の学生が言った。
「先生に相談できなくなること……かな」
別の学生が言った。
「友達と会えなくなること」
そして、もう一人が言った。
「ここに来たら、誰かがいるっていう安心感がなくなること」

私は、その言葉を聞いて、ペンを置いた。
理事長も黙っていた。
大学のパンフレットには、
「安心感」
という言葉は書かれていなかった。

でも、学生の口からは何度も出てきた。
私は思った。
これこそが、大学が探していたものではないか。

新しい学部でもない。
新しい建物でもない。
大きな広告でもない。
もちろん、それらが必要な場合もある。
しかし、その前にやるべきことがある。

「自分たちは、なぜ選ばれているのか?」
それを知ることだ。

~続く~