-11- 近大マグロ仕掛人のブランド再生塾/私立大学編
2026年10月13日
コラム

第4章 外部から見た大学
―大学の価値は、大学の中だけでは見えてこない―
【外部の人に聞く】
翌週、私は再び大学を訪れた。
理事長室に入ると、理事長はいつもより少し明るい表情で迎えてくれた。
「先生、先日ご相談したように、今度は外部の人の意見を聞いてみようと思ってるんですがね」
「ええ、すごくいい事だと思います」
「前回、学生たちの話を聞いて、うちの大学にも、私たちが気づいていなかった良さがあることがわかりました」
「ええ、そうですね。学生の話からは、教職員が親身になって相談に乗ってくれることや、困ったときに放っておかれない安心感が見えてきました」
理事長は、ゆっくりとうなずいた。
「保護者の方々からも、子どもを安心して任せられることや、学生一人ひとりを気にかけてもらえることが、大きな意味を持っていると教えてもらえましたしね」
「そうでしたね。大学の中にいる学生と、送り出して子どもを見守る保護者。立場は違っても、共通するものが見えてきました」
「そこで考えてみたんです。今度は、大学の外にいる人たちにも聞いてみる必要があるんじゃないかと」
「外の人、ですよね。それ、すごく大事なことやと思います」
「そうでしょ。高校の先生方や地域の方々、それから企業の方々です。大学のことを外からはどう見ているのか。そこに、私たちが知らない価値があるんじゃないかと思いまして」
私は思わず笑顔になった。
「理事長、ぜひやりましょう」
「そうですね」
「ええ。ブランディングというのは、自分たちが何を伝えたいかだけを考えていても、なかなかうまくいきません。相手が何を感じ、何を評価しているのかを知らなければ、本当の強みは見えてきませんから」
理事長は、机の上のノートを開いた。
「では、誰から話を聞いたらいいですかね」
「まずは高校の進路指導の先生でしょうね。大学に入る前の生徒たちを見ておられる方々ですから。次に地域の方々、そして企業の方々と、順番に聞いてみましょう」
私は、そこで一つ付け加えた。
「ただし、一つだけお願いがあります」
「何ですか?」
「大学の良さを教えてもらおうと、決して答えを誘導しないことです。私たちが期待する答えではなく、相手が本当に感じていることを聞きましょう」
理事長は、ペンを持つ手を止めて、私の顔を見た。
「なるほど。大学の宣伝をするための聞き取りではない、ということですな」
「その通りです。まずは、相手の話を聞くことです」
私は、近大マグロのブランドづくりに取り組んでいた頃を思い出していた。
こちらが価値だと思っていることと、お客さんが本当に価値を感じていることは、必ずしも同じではない。
その違いに気づくことが、ブランドづくりの出発点になるのだ。
【高校の先生が見ていたもの】
数日後、私たちは大学から車で三十分ほど離れた高校を訪ねた。
事前に理事長室から連絡を入れてもらい、進路指導部の山本先生に時間を取っていただいたのだ。
進路指導室に入ると、壁には大学案内や入試関連資料が所狭しと並んでいた。机の上には、進路希望調査の用紙や模擬試験の結果が積み重なっている。
まさに、生徒たちの進路と日々向き合っている現場だった。
「本日はお忙しいところ、ありがとうございます」
理事長が丁寧に頭を下げた。
「いえいえ。こちらこそ、わざわざお越しいただいてありがとうございます」
名刺交換を済まし、挨拶を終えると、私は早速、本題に入った。
「山本先生、今日は大学の宣伝をしに来たわけやないんです。先生が普段、進路指導をされる中で、大学をどのように見ておられるのか、率直なお話を聞かせていただければと思いまして」
「なるほど。大学の評価について、ということですね」
「そうなんです。良いところだけでなく、気になるところも含めて、遠慮なくお話しいただければ嬉しいです」
山本先生は少し考えてから、口を開いた。
「そうですね……。では、率直に申し上げますと、御校については、他大学との違いを説明しにくいと感じることがあります」
理事長の表情が、わずかに曇った。
「違いを、説明しにくい……ですか」
「はい。もちろん、大学ごとに教育内容や特色があることは承知しています。ただ、進路指導の現場では、生徒や保護者から『この大学は、ほかの大学と何が違うんですか』と聞かれることがよくあるんです」
「そのとき、先生はどのように説明されるんですか?」
私が尋ねると、山本先生は少し苦笑いを浮かべた。
「学部の内容や取得できる資格、就職実績、入試制度など、資料に書かれている情報を中心に説明します。でも、それだけでは、なかなか決め手にならないんですよ」
理事長は黙って耳を傾けていた。
「大学案内を見れば、どの大学も教育に力を入れていると書いてあります。学生一人ひとりを大切にする、充実したサポート体制がある、社会で活躍できる人材を育てる。どれも大切なことですが、それだけでは違いが伝わりにくいんですわ」
私はうなずいた。
「なるほど。大学の中では当たり前にやっていることでも、外から見ると、それがどこまで本当なのか、どんな特徴があるのかがわからないわけですね」
「そういうことです」
山本先生は、少し身を乗り出した。
「ただ、誤解していただきたくないのですが、御校に魅力がないと言っているわけではありません。むしろ、私たちが十分に把握できていない魅力もあるのではないかと思っています」
その言葉を聞いて、理事長の表情が少し和らいだ。
「実は、その魅力を見つけたいと思って、今日は伺ったんです」
私はそう伝え、質問を続けた。
「山本先生、もう一つ、お聞きしてもよろしいですか。生徒に大学を勧めるとき、何を一番大切にされていますか?」
先生は、今度は少し真剣な表情になった。
「生徒に合っているかどうか、ですね」
「生徒に合っているかどうか?」
「はい。偏差値や知名度だけではありません。その生徒が、入学してからきちんと学び続けられるか。困ったときに相談できる環境があるか。自分の目標に向かって成長できるか。そういうことを考えます」
私は、思わず理事長の顔を見た。
学生たちから聞いた話と、どこか重なるものがあったからだ。
山本先生は続けた。
「高校生の中には、自分から積極的に先生に質問できる生徒もいます。でも、そういう生徒ばかりではありません。わからないことがあっても聞けない生徒、失敗すると自信をなくしてしまう生徒、周囲に遠慮して悩みを抱え込んでしまう生徒もいます」
「そうですね。高校でも大学でも、同じようなことがあるんでしょうね」
「ええ。だからこそ、そういう生徒が入学したときに、誰かが気づいて声をかけてくれるかどうかは、とても大切だと思っています」
理事長は、静かにうなずいた。
「そういう意味では、大学の規模や知名度だけでは測れないものがあります。学生が困ったとき、どれだけ丁寧に向き合ってくれるか。私は、そういうところも大学を選ぶうえで重要だと思っています」
私は尋ねた。
「山本先生は、本学にそうした印象をお持ちですか?」
山本先生は、少し考えてから答えた。
「そうですね。これまでの卒業生の話や、大学とのやり取りから、学生に対して丁寧に対応されている印象はあります。ただ、それが御校の大きな特色として、十分に伝わっているかというと、まだまだではないでしょうか」
「まだまだ、ですか……」
理事長がつぶやいた。
~続く~
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