-14- 近大マグロ仕掛人のブランド再生塾/私立大学編
2026年10月16日
コラム

~前回から続く~
【企業が大学に求めているもの】
翌週、私たちは大学の卒業生を採用している地元企業を訪問した。
会社の応接室で迎えてくれたのは、製造業を営む社長だった。
挨拶を済ませると、私は早速質問した。
「社長、大学との関係について、率直にお聞きしたいんです。御社では、大学をどのように見ておられますか?」
社長は少し笑って答えた。
「そうですね。大学といえば、やはり学生さんを育てて、社会に送り出してくれるところですかね」
「では、採用されるときには、どんなところを重視されます?」
「専門知識や技術も大切ですが、それだけではありません。わからないことを自分で調べられるか、人に相談できるか、周囲と協力して仕事を進められるか。そういうところですかね」
そこで理事長が尋ねた。
「大学での学びは、そういった力につながっていますかね」
「ええ。もちろん、大学ですべてを身につけてきてとまでは言いませんけどね。入社してから学ぶことも多いですから。ただ、困ったときに一人で抱え込まず、周囲に相談しながら前に進める人間は、成長も早いと感じますよ」
私は、その言葉に興味を持った。
「社長、御社に入社した本学の卒業生について、何か印象に残っていることはありますか?」
社長は、少し考えてから話してくれた。
「そうですねえ。以前、仕事でよく失敗して落ち込んでいた若い社員がいたんですがね。彼は一人で悩み続けるのではなく、先輩によく相談して、何が問題だったのかを一つずつ整理してましたね。今では、自分で改善策を考えて、同じ失敗を繰り返さなくなってくれましたわ」
「それは、いいことですね」
「ええ。本人の努力が一番なんでしょうが、話を聞くと、大学時代にも先生に相談しながら課題を乗り越えた経験があったそうです。そんな大学での経験が、社会に出てからも活きているのかもしれませんね」
私は、理事長の顔を見た。
学生たちから聞いた「困ったときに相談できる」という話が、今度は企業の側からも出てきたのだ。
ただ、社長はこう付け加えた。
「でも、そういう卒業生の姿は、大学の外にいる私たちだからこそ分かることもあります。大学がどんな教育をしているのか、どんな学生を育てているのか。このあたりをもっと具体的に発信してもらえれば、企業としても協力できることはもっとあると思いますよ」
大学の教育と企業の仕事。
それぞれ別の場所で行われているように見えても、人を育てるという点ではつながっている。
私は、大学の価値が少しずつ輪郭を現し始めていると感じていた。
【ばらばらだった声が、つながり始めた】
大学に戻った翌日、私は理事長室に呼ばれた。
机の上には、これまでの聞き取り内容をまとめた資料が広げられていた。
「先生、これまでのお話を、私なりに整理してみたんですがね」
理事長は、ノートを開いて説明を始めた。
「学生たちは、先生方が親身になって相談に乗ってくれると言っていました。保護者の方々は、子どもを安心して任せられると話しておられた。また、高校の先生は生徒が困ったときに支えてもらえる環境が大切だと。そして企業の社長は、困難に直面したとき、周囲に相談しながら前に進める人が成長すると言ってましたよね」
「ええ、そうでしたね」
「地域の方々からは、大学が持っている知識や人材を、もっと地域のためにも活かしてほしいという声もありました」
理事長は、そこで少し間を置いた。
「こうして見ると、大学の良さというのは、単に授業を教えることだけじゃないのかもしれんですね」
「それは、つまり・・・」
「学生一人ひとりに向き合い、その人が困ったときに支え、成長を助ける。そして、そこで育った人が社会に出て、地域や企業を支えていく。そう考えると、大学の役割は、もっと広いものじゃないのかと・・・」
私は、笑顔でうなずいた。
「理事長、素晴らしいところに気づかれましたね」
「いや、これまで大学の中で仕事をしてきたのに、こんな当たり前のことに、十分に気づいていなかったとは…」
「いやいや、理事長。それは大学の中にいるからこそ、見えにくかったんやと思いますよ」
「中にいるから、見えにくい?」
「そうです。毎日やっていることは、当たり前になってしまいますからね。でも、外の人の話を聞くと、その当たり前の中に、実は大きな価値があったことに気づく場合が結構あるんです」
私は、これまでの聞き取りを振り返った。
学生は、相談に乗ってもらえることを語った。
保護者は、安心して任せられることを語った。
高校の先生は、生徒に合った大学を選ぶために、教育の実態をもっと知りたいと語った。
地域の人たちは、大学と一緒に地域の未来をつくりたいと語った。
企業の社長は、卒業生が周囲に相談しながら成長していく姿を語った。
立場も、求めていることも違う。
しかし、その言葉の奥には、共通するものがあった。
それは、人を一人にしないこと。
人と向き合い、その人の可能性を引き出し、次の一歩を踏み出せるように支えること。
私は、理事長に尋ねた。
「理事長、御校では、自分たちの強みを何だと思っておられました?」
「これまでは、教育内容や研究論文に特許数、それに資格取得実績、就職率、設備の充実度・・・などですかね」
「それらも大切な強みです。ただ、今回の話から見えてきたものは、それだけではなさそうですね」
理事長は、ノートに目を落としたまま考えていた。
やがて、顔を上げて言った。
「もしかすると、うちの大学の本当の強みは、学生一人ひとりに向き合い、その成長を支えようとする姿勢なのかもしれんなあ…」
私は、すぐには答えなかった。
大切なのは、私がそれを単に後押しすることではない。
理事長自身が、大学の中にある価値に気づき始めたことだった。
~続く~
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