-16- 近大マグロ仕掛人のブランド再生塾/私立大学編

【大学の価値を、経営の力に変える】
数日後、理事長から連絡があった。
「先生、教職員のみんなにも、これまでの聞き取りでわかったことを共有したいと思います。一度、会議の場で話をしていただけませんか」
「もちろんです。ただ、私が一方的に話すだけでは意味がありませんので、できれば、教職員の皆さんにも一緒に考えていただきたいですね」
「わかりました。そういう形で準備しましょう」
数週間後、大学の大きな教室に、学部長や事務職員、学生支援を担当する職員など、多くの教職員が集まった。
理事長は、冒頭の挨拶でこう話した。
「今日は、これまで私たちが学生や保護者、高校の先生、地域の方々、企業の方々から聞かせていただいた話を共有したいと思います。私たちが大学の中で考えていたことと、学外の方々が大学に感じておられること。その違いを、一緒に考えていただきたいのです」
私は、これまでの聞き取り内容を紹介した。
「皆さん、現在大学を取り巻く環境は少子化の波を受け年々厳しくなっておりますが、今回の聞き取りでわかったことは、この大学に魅力がないということではありません。むしろ、大学の中にある価値が、外の人たちに十分に伝わっていなかったのではないか、ということです」
教職員たちは、真剣な表情で耳を傾けていた。
私は続けた。
「例えば、学生が困ったときに相談に乗る。これは、皆さんにとっては日常の仕事の一つかもしれません。しかし、学生にとっては、大学生活を続けていくための大きな支えになっているかもしれない。保護者にとっては、安心して子どもを任せられる理由になっているかもしれない。そして、高校の先生にとっては、生徒にこの大学を薦めるための重要な判断材料になるかもしれないんです」
前列に座っていた教員が、手を挙げた。
「ただ、学生を支援することは、どこの大学でもやっていることではないでしょうか。それを、うちの大学の強みと言えるのですか?」
私は、笑顔で答えた。
「ええ、そこは大切な問いです。単に相談に乗っているというだけでは、他大学との違いにはならないかもしれません。どんな学生に、どんな場面で、どのように向き合っているのか。そして、その関わりによって学生がどう成長しているのか。そこまで掘り下げて初めて、この大学ならではの価値が見えてくるんです」
別の職員が口を開いた。
「ということは、今まで当たり前だと思っていた仕事の中にも、見直すべきものがあるということですか?」
「そうです。ただし、今までやってきたことを、何でもブランドに結びつければよいわけではありません。大切なのは、学生や保護者が実際に価値を感じていることと、大学が本当に大切にしていることが重なる部分を見つけることです」
私は、教室を見渡した。
「そして、もう一つ大事なことがあります。ブランディングは、広報部門だけの仕事ではありません」
教職員たちの表情が変わった。
「大学案内を新しくしたり、ホームページを見直したり、SNSで情報を発信したりすることも必要です。でも、それだけでは大学のブランドは変わりません。学生への接し方、授業の進め方、相談への対応、地域との関わり方。日々の活動そのものが、大学のブランドをつくっていくんです」
理事長が、力強くうなずいて言った。
「つまり、ブランドをつくるのは、広告や宣伝ではなく、我々の日々の仕事そのものだということなんですよ」
「その通りです。広報は、実際にある価値を伝えるための手段です。伝えるべき価値が曖昧なままでは、いくら情報を発信しても、なかなか相手の心には届きません」
私は、ホワイトボードに三つの言葉を書いた。
発見する。
磨く。
伝える。
「まず、大学の中にある価値を発見する。次に、その価値が学生や社会にとって本当に意味のあるものになるように磨く。そして、その価値を必要としている人たちに伝える。この三つがつながって初めて、ブランドは大学の力になるんです」
会議室は静まり返っていた。
私は、最後にこう付け加えた。
「ただし、ブランドを掲げたからといって、すぐに学生が集まるわけではありません。評価されるようになるには最低4~5年はかかると思います。しかし、大切なのは、掲げた価値が日々の教育や学生支援の中で実践され、それが学生の成長につながり、その姿が外部の人たちにも伝わり共感されて、認知度が高まっていくことです。その積み重ねが、やがて大学への信頼を育てていくんです」
理事長は、教職員たちを見渡しながら言った。
「今日の話を聞いて、私自身も改めて考えさせられました。我々は、学生募集が厳しくなったことを受けて、どうすれば入学者を増やせるかということばかり考えていたのかもしれません。しかし、その前に、なぜこの大学を選んでもらうのか。その理由を、我々自身で理解し、育てていかなければならないのです」
会議室のあちこちで、小さくうなずく姿が見られた。
私は、その様子を見ながら思った。
大学の未来を変える第一歩は、必ずしも大きな改革から始まるわけではない。
自分たちが日々行っていることの意味を、改めて問い直すこと。
そして、その価値を必要としている人の声に、もう一度耳を傾けること。
そこから、大学の新しい物語が始まるのだ。
~続く~
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