-1- 近大マグロ仕掛人のブランド再生塾/医療機関編
2026年11月03日
コラム

第一章 病院は、なぜ選ばれなくなったのか
― 医療の質には自信がある。それなのに、なぜ経営は苦しいのか ―
1.一通の相談メール
そのメールが届いたのは、朝の仕事を始めようとしていたときだった。
差出人は、私の知人から紹介を受けたという、ある民間病院の理事長だった。
件名には、簡潔にこう書かれていた。
「病院経営とブランディングについてのご相談」
本文には、丁寧な挨拶に続いて、病院の現状が記されていた。
開院して約40年。地域の救急医療や高齢者医療を支えてきた総合病院である。医師や看護師をはじめとする職員たちは、日々の診療に真剣に取り組んでいる。
しかし、ここ数年、経営環境は厳しさを増していた。
人件費や医療材料費は上昇する。医療従事者の採用は簡単ではない。病床の稼働率にも改善の余地がある。広報活動にも取り組んでいるが、地域の人々に病院の魅力が十分に伝わっているとは思えない。
メールの最後には、こうあった。
「私たちは、地域に必要とされる医療を提供してきたつもりです。しかし、これから先も、この病院が地域に必要とされ続けるために何をすべきなのか、わからなくなってきました。一度、お話を聞いていただけないでしょうか」
私は、メールを読み終えて、しばらく考えた。
病院経営の専門家は、世の中にたくさんいる。経営分析をする専門家もいれば、財務改善や業務効率化を支援する専門家もいる。
そのなかで、なぜ私に声がかかったのだろう。
私は医師でもなければ、病院経営の専門家でもない。
ただ、近畿大学に勤めていたころ、「近大マグロ」の企画やブランドづくりに携わってきた。その経験から、ひとつ確信していることがある。
それは、自分たちが持っている価値と、相手が価値を感じていることは、必ずしも同じではないということだ。
大学も病院も、技術や設備、組織の仕組みを整えるだけでは十分ではない。そこにある価値を、利用する人たちがどう感じているのかを知らなければ、本当の意味で選ばれる理由は見えてこない。
私は、すぐに返信した。
「ありがとうございます。一度、お話を聞かせてください。ただし、私は病院の専門家ではありません。病院の中で何が起きているのか、患者さんが何を感じているのか、それを一緒に考えることならできると思います」
ほどなくして、理事長から返事が届いた。
「ぜひ、お願いいたします」
こうして、私と病院経営者との対話が始まった。
2.院長室で聞いた、率直な悩み
数日後、私はその病院を訪れた。
大きな道路に面した、地域ではよく知られた病院だった。正面玄関には、外来患者が次々と入っていく。受付には職員が立ち、待合スペースには診察を待つ人たちの姿があった。
決して活気がないわけではない。
それでも、病院の建物を眺めながら、私は考えていた。
この病院を利用する人たちは、どんな思いでここに来ているのだろう。
病院長室に案内されると、理事長が立ち上がって迎えてくれた。
「今日は、わざわざありがとうございます」
「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」
挨拶を済ませ、応接用の椅子に腰を下ろすと、理事長は少し疲れた表情で話し始めた。
「先生のことは、近大マグロのブランドづくりに携わられた方として伺っています。大学と病院では事情が違うことは承知していますが、私たちにも何かヒントがあるのではないかと思いまして」
「ありがとうございます。ただ、最初に申し上げておきたいことがあります」
「何でしょうか」
「私は、病院の経営を立て直す魔法を持っているわけではありません。医療制度も経営数字も、専門家の力を借りなければ判断できないことがたくさんあります。ただ、ブランドという視点から、一緒に考えることはできると思います」
理事長はうなずいた。
~続く~
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