-4- 近大マグロ仕掛人のブランド再生塾/医療機関編
2026年11月06日
コラム

4.理事長の知らなかった病院の姿
話がひと段落したところで、私は理事長に尋ねた。
「理事長は、患者さんから直接、病院について話を聞く機会はありますか」
「ええ、ありますよ。診察の際とか、ご意見箱に寄せられた内容も確認していますね。それに、苦情があれば、担当部署からの報告も受けますね」
「では、患者さんがこの病院を選んだ理由や、ほかの病院ではなく、ここに通い続けている理由は聞いたことはありますか」
理事長は、しばらく考えてから答えた。
「そう言われてみると、体系的に聞いたことはないですかね。満足度調査は実施しているんですが、診療や接遇についての評価が中心です」
「なるほど。もちろん、そうした調査も大切です。ただ、私が知りたいのは、もう少し別のことなんです」
「別のことですか」
「ええ。たとえば、患者さんがこの病院に初めて来たとき、何を不安に思っていたのか。どんなことを期待していたのか。そして、実際に利用してみて、何を感じたのか。そうした話です」
理事長は、静かにうなずいた。
「なるほど。それなら、我々が知らないことも、たくさんありそうです」
「そう思います。患者さん自身も、わざわざ言葉にして伝える機会なんてなかったでしょうからね」
私は、もうひとつ質問した。
「理事長は、病院の職員が患者さんから感謝された話を、どのくらいご存じですか」
「感謝の手紙が届いたときや、職員表彰の際に聞くことはあります」
「その話を、病院全体で共有していますか」
「いや、必ずしも共有できているとは言えませんね」
私は、そこにひとつの手がかりがあるように感じた。
経営が苦しくなると、どうしても数字に目が向く。収支、病床稼働率、患者数、人件費、採用人数。どれも経営にとって重要な数字だ。
しかし、数字だけを見ていると、病院が患者さんに提供している価値のすべてを把握することはできない。
たとえば、患者さんから届いた一通の感謝の手紙。その中には、職員自身も気づいていない病院の強みが書かれているかもしれない。
「理事長。まず、院内にある患者さんの声を集めてみませんか」
「ええ。それなら、すぐに始められそうです」
「ありがとうございます。ただし、良い話だけを集める必要はありませんよ。厳しいご意見や批判の声も含めて、病院がどう見られているかを知ることが大切なんです」
「耳の痛い話も出てくるでしょうね」
「おそらく。でも、それを聞かなければ、改善すべきことも見えてきません」
理事長は、笑いながら言った。
「先生、なかなか厳しいことをおっしゃいますなあ」
「すみません。でも、ブランドづくりは、良いところを探して褒めるだけの仕事ではないんです。現実を知り、強みを発見し、必要なことを変えていく。その積み重ねだと思っています」
理事長の表情から、先ほどまでの疲れが少し薄れていた。
「なるほど。何から始めればいいのか、少し見えてきた気がします」
5.病院の外に出てみよう
私は、持参していたノートを閉じた。
「理事長、次回までに、ひとつお願いしてもいいですか」
「何ですか」
「病院の職員の皆さんが、患者さんやご家族から感謝された経験を集めておいていただきたいんです。大きな出来事でなくても構いません。日常の小さな話でいいんです」
「わかりました。看護部や医事課にも声をかけてみます」
「それから、もうひとつ」
「まだありますか」
理事長は、苦笑いを浮かべた。
「今度は、病院の外に出てみませんか」
「外、ですか」
「はい。地域の人たちは、この病院をどう見ているのか。かかりつけ医の先生方は、どんなときに患者さんを紹介してくださるのか。介護施設の方々は、退院後の連携について何を感じているのか。そうした声も聞いてみたいんです」
理事長は、少し驚いた様子だった。
「病院の経営を考えるのに、そこまで外の声を聞く必要があるんですか」
「ええ。私は必要だと思っています。病院の中でどれほど努力していても、その価値が外の人に伝わっていなければ、選ばれる理由にはなりにくいからです。それに、病院の中では当たり前だと思われていることが、地域の人たちから見ると、大きな価値になっているかもしれませんしね」
「なるほど。それだったら逆に、我々が気づいていない問題も見えてくるかもしれませんね」
「そのとおりです」
理事長と私は、窓の外に目を向けた。
病院の敷地の向こうには、住宅街が広がっていた。そこには、日々の暮らしを送りながら、病気や健康への不安を抱えている人たちがいる。
この病院を頼りにしている人もいれば、別の病院を選んでいる人もいるだろう。病院の存在を知っていても、自分とは関係がないと感じている人もいるかもしれない。
その人たちは、この病院に何を求めているのだろう。
「先生、またひとつお願いがあります」
理事長が、私のほうを向いてこう言った。
「ぜひ、現場に一緒に行っていただけませんか。職員にも、地域の方々にも、私から話を聞く機会をつくりますから」
「もちろんです。一緒に考えていきましょう」
私は、笑顔でそう答えた。
病院のブランド再生は、まだ始まったばかりだった。
経営改善のために、何か新しい設備を導入するわけでもない。大規模な広告を打つわけでもない。
まずは、話を聞く。
その一歩が、病院の未来を変えるきっかけになるかもしれない。
私は、そう考えていた。
第1章のまとめ ブランド再生の第一歩
病院の経営が厳しくなったとき、私たちはつい、患者数を増やすための広告や、費用を削減するための対策から考えがちです。もちろん、それらが必要な場合もあります。
しかし、その前に考えておきたいことがあります。
・自分たちの病院は、患者さんにどのような価値を提供しているのか。
・患者さんやご家族は、何を理由にこの病院を選んでいるのか。
・病院の職員が当たり前だと思っていることの中に、強みが隠れていないか。
・域の人々は、この病院に何を期待し、何を求めているのか。
ブランド再生は、自分たちの魅力を一方的に発信することから始まるのではありません。まず、相手が何を感じているのかを知ることから始まります。
これは、近大マグロのブランドづくりから学んだ、私が大切にしている考え方です。
次章は、病院の中にも目を向けます。
医師、看護師、医療技術職、事務職員。それぞれが日々の仕事の中で感じていることを聞いていくと、院長や理事長が考えていた病院の強みとは、少し違う姿が見えてくるはずです。
~続く~
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